日刊Ruro

健康増進、体力向上に関するテーマを中心に書いています。

もう自分の足で歩くことはできないでしょう。今後は寝たきり、良くて車椅子ですね。と医師に宣告されたことがあります。

こんな辛い思い出を書こうなんて思ってもいませんでした。

 ある女優さんが亡くなって自殺?と言う報にふれ、私自身が絶望から自殺しようとしたしたあの頃の記憶が蘇ってきました。

 

大学卒業を目前に控え、最初の赴任先も決まっていたある日のこと。

 いつものようにトレーニングしていると、急に力が入らなくなり、カクンカクンと膝から崩れ落ちました。立とうと思って立てない。なとか立ち上がり数歩歩くもまた崩れ落ちました。

 自分では気付いていませんでしたが、その数ヶ月前から「お前もしかして…なんじゃないの、診てもらえよ」と言ってくる友人もいましたが、「そんな訳ないだろう」と笑い飛ばしていました。

 いろいろ検査を受け、脳下垂体に腫瘍が見つかりました。友人の指摘通りでした。初期症状は既に出ていたんです。病名は伏せますが、その病気は外見に変化が現れるのです。まさか、自分がなんて思いもしませんでした。友人が心配して声をかけてくれた時に、すぐ検査してもらっておけばなんて、後悔先に立たずです。

 詳細は省きますが、その腫瘍のせいで、骨からカルシウムが溶け出し、骨がボロボロになって、腰椎の一部が圧迫骨折、神経が圧迫され脚に力が入らなくなっていたんです。

 痛みはありましが、この程度でトレーニングを休んでたらって無理し、遂に歩けなくなったのです。

 早速、その手術ならこの先生がいいだろうと言われる脳外科の先生がいらっしゃる某大学病院に移り、まずは内科で改めて検査、検査の日々。

その時最初に診てもらった先生がおっしゃったのが、「今後は自分の脚で歩くことはできないでしょう。寝たきり、よくて車椅子ですね」

 しばらく放心状態でした。ふと見ると、見舞い客がリンゴの皮を剥いた果物ナイフがテーブルの上にありました。僕はそのナイフを手に取り、

 「一生寝たきりなんて、このまま死んだほうがいいや」と呟いていました。

 その時、病室の外を歩いていた看護師さんが、ナイフを自分に向けている私に気づき、慌てて病室に飛び込んで来られ、私の腕を掴んで必死に止めようとしてくださいました。

 脚は動きませんでしたが、腕はうごきます。振払って実行することはできなくはなかったと思いますが、その看護師さんの真剣さに私は我に帰りました。

 絶望し、途方にくれ、どうしようもなくなった時って、フッと死のうとしてしまうんです。

 覚悟の死っていうのもあるかも知れません。でも、私の経験だと、なんか放心状態のままナイフを握っていたんです。本当に自覚なくスーッと引き込まれるみたいに。その看護師さんのおかげで我に返ったんです。

 またかなり途中を省きますが、その後手術も無事終わり、腫瘍は完全に取り除かれました。後で聞いたのですが、さすが世界的な名医。完璧な手術だったそうです。

 その後、骨から溶け出したカルシウムが腎盂で大きな結石を作っていたので、それを取り出すためにまた手術。

 潰れた腰椎は手術できませんでした。 

その後、なんと奇跡が起きました。潰れた腰椎に神経が圧迫され動かなくなっていた脚に感覚が戻りました。動くようになったんです。

 まずは寝たままできるトレーニングから始めて、次に寝返り、その次は這い這い。赤ちゃんと同じです。

 そして、入院から半年、初めて手すりから手を離し、自分の脚で立ちました。涙がボロボロ落ちてきました。その時は2、3歩恐る恐る歩いただけですが、嬉しくて嬉しくて涙が止まりませんでした。

 思い返せば、寝返りさえできず、毎日病室の天井を眺めて過ごした日々、眠りにつくと決まって見る夢がありました。大学のグラウンドを全力疾走し歓喜する夢です。「治った、また走れるようになった」

 目覚めて現実に戻り失望する。その連続でした。

走れるようになるにはその後、更に3年かかりました。

 トレーニングのこと、体づくりのための栄養のこと、たくさん勉強し、実践しました。

 退院後お世話になった整形外科の先生は、歩けるようになっただけですごいことだからね。でも、登山や重いものを持ち上げたりするのは一生無理だから、無理しちゃダメだよ。と言われました。

 だけど、その後、登山もしました。できました。ジムで重いバーベルも持ち上げてます。4階の窓からぶら下がっている人を一人で持ち上げ助けたこともあります。これは今思うと、もし手が滑っていたらと怖くなりますが、その時は勝手に体が動いてました。

 今は充実した人生を送っています。辛いこと苦しいこともありました。でも、一所懸命打ち込める仕事があり、人のためになる仕事ができること。それは幸せなことだと思います。

 あの時死んでたら、奇跡の回復も、その後の楽しいこと、嬉しいこと、成し遂げたこと、胸ときめいたことも全てありませんでした。

生きてて良かった

 執刀医の先生、必死に止めてくれた看護師さん、支えてくださった全てのみなさん、ありがとうございました。

 こんな個人的な話を最後まで読んでくださった皆様。ありがとうございました。

 

追記:後日談です。

 去年過労で倒れて入院したときの話。診てもらった先生に過去の病歴、手術のことも話しました。先生は「ここから手術したんだよね?」と聞かれたので「はい」と答えました。先生は「普通はね、見たら分かるんだけど、全く分からない。すごくきれいだ。よほど腕の良い先生に切ってもらったんだね。」とおっしゃいました。

 頭蓋骨のほぼ中央、僅か7mm。米粒ほどの脳下垂体から腫瘍を完全に取り除き、脳下垂体も最大限残してくださった◯◯先生。切った跡が分からなかったと言うのは手術をする際、最初に切る部分のことです。先生の跡も残さない卓越した技のおかげで、今も健康に過ごしています。

 改めて、手術してくださった先生への感謝の気持ちが溢れてきました。